正しい車の選び方
Written by tesa
 一般論として,これから何かをしようとするときに,その情報を集めることは
大事なことだ。転職しようとするなら仕事内容・収入・身分保障はどうなって
るか。「今の仕事はやだから」というだけの理由ならばそれは愚の骨頂とい
えよう。人生,時間との勝負である。

 しかしもっと馬鹿らしいのは,集めた情報だけで選択をする人だ。「一流企
業で年収がこんだけあるし家柄も良い。だから結婚する」「CPUはペンティア
ム3の500でメモリー640メガまで積める。だからこのパソコンにした」。結婚
相手の選択は,その人を一生,世界で一番の女性だと信じ切れるかにかか
っているし,パソコンでそこまでの性能を使うはすはない。
  言葉は道具に過ぎない。言葉に振り回されるのは道具に凝るいわゆる「で
きない人」だ。情報を把握した上でのトータルな判断が必要だ。

 「機能美」という矛盾した言葉がある。
  たとえば「BMのよさって,一種の機能美にあるよね」のように使うらしい。
しかし「機能」とははたらきということであり,美しさとは別である。
  それはおそらく,
(1)カタログに掲載されている数字の美しさ自体をさして用いるか,
(2)スペック上の数値に振り回されて選択した人が車体の不格好さに対して
   する苦し紛れの言い訳
かどちらかだろう(BMが不格好という趣旨ではない。念のため)。

 カマロはかっこいい(らしい。自分としてはかっこいい車はディアブロなど他
にもあると思うが)。しかしそれだけでカマロを選択するのは感心しない。カマ
ロを買う人はその情報もきちんと集める必要がある。では情報はどうかといえ
ば,5700ccという大排気量のため保険代や自動車税等の維持費が大変だし,
排気量の割には旧式のエンジンでそれに見合う程度には馬力がない(スペッ
ク上は)。ミラーを含めると2メートルを超える車幅はお世辞にも日本の道路事
情に合ってるとは言えないし,修理工場や駐車場では外車お断りという所も
少なくない。座席が低く鼻が長いためフロントは見えないし,閉じたコンバチ
で夜間に車線変更するときには「どうか車が来ませんように」というお祈りも
欠かせない。

 しかし車は性能や使い勝手で選ぶものではない。都心に勤めるサラリーマ
ンが自家用車を持つ目的はほとんどが買い物やドライブなど,ひとまとめにす
れば遊び目的である。だったらスペック上の性能が一つの目安になるとしても,
維持費が安くて狭いとこも通れる軽自動車にする必然性はない。 

 車を選ぶ基準,それは走っていて楽しいかにつきる。遊びや趣味はある種の
無駄を楽しむところに意義がある。腹の減ったカバのようにハイオクをばくばく
喰うエンジンにガソリンを入れる瞬間や高い自動車税を払う瞬間に,負担や無
駄を感じ,その瞬間にある種の満足感を感じるのではないか。
  これはちょうどブランド物をねだりまくって1ヶ月で去っていった女が今までで
一番いい女だったなーと最近思うのと共通するようにも思う。大排気量や車体
の大きさから「アメ車は馬鹿っぽい」といわれることすらある。しかしそいつはと
いえば「ボンネットは1年くらい開けてない」などと仰る。仕事の出来ない上司が
優秀な部下で自分の能力をカバーするのに似ている。アメ車はドライバーを選
ぶのである。

 車は「走っていて楽しいか」につきる。このことだけは,カマロオーナーに限ら
ず,個人で車を所有するすべての人にわかってもらいたい。

  そして私の選択はと言えばカマロである。かっこいいし,何と言っても無駄が
多い。車と女は手間がかかるほどよいのである。
  キャデラックのようにアメリカ人が一番苦手な縮み志向(ダウンサイジング)に
向かうこともなかったため,故障は極めて少ない。大排気量ということから中古
でも多少の距離でエンジンがへたっていることも少ない。もちろん,音も楽しみ
たいのでZ28である。オープンの方が楽しいに違いないだろうからコンバチで
ある。

 以上がカマロZ28コンバチを選んだ理由である。

 ちなみに今から20年ほど前にバイクを買ったことがある。アメリカンタイプの
HONDA GL400czという車種で,水冷・ドライブシャフト,偉そうに乗れて車体が
でかくて重い・・・・。

  選択基準はこの20年間変わってないようだ。しかしいずれの選択も,私にとっ
て正しい選択だったと思っている。
 

[Return]